- 水槽から海水がこぼれた。ふたをしてあっても海水は危険。マジ危険。水位下げろ。
- キッチンにぶら下げてある中華鍋がガンガン音たてつづけた。たぶんあれが鳴りはじめるのは震度4くらいなので、ガンガン鳴ったら注意だ。
- 落ちたのは棚の上に積んでた空の段ボールやぬいぐるみくらい。キッチンの引き出しも全部開いたけど、基本何も落ちなかったし何も壊れなかった。
- それでもしばらくは仕事してたけどあまりにも揺れるので机の下に隠れた。東京は震度5程度だったはずだけど、あまりにも揺れが長い間続くので日本終わるかと思った。
- モティさんの保育園ウェブカメラを確認。こどもたちは揺れに気付かずお昼寝してる横で、先生たちが安全を確保して退避ルートを作ってるとこをウォッチ。すばらしい対応。
- 携帯電話は全くつながらなかったけどネットやtwitterは普通に動いてるのでtwで夫の無事を確認。
- あまりにも余震が続くので避難の荷物を作って外に出てみた。
- 外に出てみたら隣の家の高校生くらいの姉弟が泣きそうな顔で「どうしようどうしよう」と右往左往してるので話を聞いて落ち着かせる。
- 何かあったらすぐに走り出せるように、自転車をマンションの外においておく。
- 余震も落ち着いてきたので部屋に戻ってテレビつけたらすんごい津波のLIVE映像が(;´Д`) 人が車が飲み込まれてゆく。これはただの地震じゃないと気付く。
- が、会社からは「地震大きかったね、皆さん被害はないですか、そろそろ仕事に戻った?」的なメールがきて、温度差にびっくりする。なんとなく「もう今日は仕事やめてモティさんをむかえにいきたい」とは言いづらい雰囲気。まぁ私もあの津波映像みるまではそんな感じでしたよ。
- 津波のショックと度重なる余震で仕事に集中できないので万が一に備えて避難用荷物を再構築。いつも持ってるヴィトンのリュックには財布、コンタクトレンズ、MacBook Airと充電器、保険証や母子手帳など。軽くて薄いボストンバッグに家族全員分の1日分の着替え、自分のメガネ、モティさんのおむつ数枚、通帳、iPhoneの充電器など。
- あぁうちには意外と高い貴金属とかないんだなぁと気付くwwww
- 電車が動かないのでかえれない可能性があると会社やtwitterでフレがざわつきだした頃、定時前だけど私も仕事をあがらせてもらって自転車で実家へ。
- 実家もたいした被害はなかった。荷物を実家においてモティさんの保育園へ。
- 保育園は臨時引き渡し体制になっていて、モティさんもいい子にして待ってた。
- モティさんと一緒に実家へ。やはり都内は電車が動いていないので、夫も父も帰宅手段がない。夫は会社に泊まり、父は徒歩で歩いて帰ることにw
- その夜はそのまま実家に泊まった。このときはまだ原発のこととか知らなかったので、ただただ大きな地震がくることだけを心配してた。
反省したこと、今からでもなんとかできること。
- 大きく揺れたらぼけっとしてないで机の下に隠れろ
- 揺れが止まったらテレビつけて確認しろ
- 窓もあけとくといい。ロスの地震のときは、本当に大きな揺れがくるときは音もすごかった
- 水槽の水位は気持ち低めに
- モティさんはすぐに迎えにいこう
- レーシックうけようかな(;´Д`)
- うちで一番高価なのはテレビだった。テレビ倒れなかったけど倒れたら困るからちゃんと固定しよう
- できたらテザリング可能な携帯がいいなぁ、日本もiPhone対応しないかなぁ
- ホンダのコンロ用のガス缶で発電できる発電機買っときゃよかった
これを書いてる今、まだ福島原発の状況は安定してなくて、
放射性物質で汚染された水を海に流しているし、
1日数回、「あ、地震だ」とわかる程度の余震がある。
リュックには1週間分のコンタクトレンズとMBAを常に入れてる。

地震当日のモティさん。
そのおでこの怪我は!?とびっくりしたが、
午前中に行った公園で転んだだけでしたw

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